第三節 研究対象
以上の研究目標を達成するために、本研究の研究対象について説明する必要がある。まず、本研究で言う「格成分」という術語の中身をより明確にさせたい。
前述したように、格成分は名詞と格助詞から組み合わさるものである。「名詞+格助詞」は「補語」、「項」、「補足語」など様々な呼び方がある。寺村秀夫(1982b:51)では「補語」、益岡隆志(1987:120)では「項」、益岡隆志·田窪行則(1992:74)では「補足語」と呼んでいる。「名詞+格助詞」に対する呼び方が多少異なっても、述語を構成するために必須的なものと非必須的なものがあるという認識は共通している。例えば、寺村秀夫(1982b:51)は「補語」を「必須補語」と「副次補語」に分けている。このような述語を構成するための必須成分と非必須成分を合わせて、野田尚史(1989、2007)、陳訪澤(2003)、日本語記述文法研究会(2009:9-10)では「格成分」と呼んでいる。しかし、同じ「格成分」という術語を使っていると言っても、「格成分」の中身は必ずしも一致していない。
野田尚史(1989、2007)は、文は格成分、副詞的成分と述語成分という三つの構成要素からなされるとし、「格成分」を文の一次的成分として位置付けている。それに対して、同じように「名詞+格助詞」という形式を取りながらも、文の一次的成分でないものが格成分ではないとしている[11]。例えば、
(6)[森さんは][[去年スキー場で知り合った]歯医者さんと][結婚するようだね]
(野田尚史1989;括弧の区切りは筆者による)
例(6)では、「森さんは」、「歯医者さんと」は文を構成する一次的成分であるため、格成分であるが、同じ「名詞+格助詞」という形を取る「スキー場で」は「歯医者さん」を修飾する節の中の成分であるので、文を直接構成する一次的要素の格成分ではないという。
野田氏の言う格成分は基本的に(7)の(A)ような「名詞+格助詞」を指しているが、他に(B)、(C)、(D)のタイプも含んでいる。
(7)(A)名詞の後に格助詞が付く格成分:[歯医者さんが]
(B)修飾部分が付いた名詞を含む格成分の構成:[市立病院の歯医者さんが]
(C)複数の名詞を含む格成分の構成:[歯医者さんと看護婦さんが]
(D)節を中心とした格成分の構成:[その土地の郷土料理を食べるのが]
(野田尚史1989;括弧の区切りは筆者による)
野田氏は(7)の括弧内の成分全体を格成分としている。それに対して、陳訪澤(2003)は(A)のようなタイプのみを格成分と見なしている。本研究では、(B)と(C)の括弧全体は「句」で、(D)の括弧全体は「節」であると考え[12]、その中の「歯医者さんが」、「看護婦さんが」、「のが」だけを格成分と認める。つまり、格成分を文の一次的成分とする点では野田尚史(1989、2007)と共通するが、(A)のタイプのみを格成分と認める点では陳訪澤(2003)と共通している。
以上を踏まえて、本研究では「格成分」を次のように規定する。
(8)格成分とは「名詞+格助詞」という形式を取る文の一次的成分である。名詞が句や節などの修飾を受ける場合、その全体は格成分ではなく、「名詞+格助詞」の部分だけを格成分とみなす。格成分は述語の必須項になるものもあれば、非必須項になるものもある。
本研究では、記述の便宜上、格成分について格助詞の形態から「ガ格成分」、「ヲ格成分」や「ニ格成分」と呼ぶこともあれば、構文的役割から「主語」、「目的語」や「主格成分」、「目的格成分」などと呼ぶこともある[13]。
このような規定を踏まえて、本研究では、格成分を中心とする複文構文変化について考察する。言語変化は一つの要因によって引き起こされるという比較的に単純な場合と、いくつかの要因が複雑な仕組みで共同作用する場合がある。本研究では、格成分を中心とする複文構文変化は一つの要因によって引き起こされるのではなく、いくつかの要因が複雑に絡み合い、共同作用した結果であると考えている。
格成分を中心とする複文構文変化は格成分を中心とする連体複文構文から接続形式を中心とする連用複文構文への変化であるため、中心形式である格成分から接続形式への機能変化——即ち、格成分の文法化——が重要である。しかし、格成分を中心とする複文構文変化では、格成分の文法化の他に、他の要因も機能している。本研究では、格成分の文法化、連体複文の構文類型、認知的仕方という三つの側面から、格成分を中心とする複文構文変化はこの三つの要因が複雑に絡み合った結果であると考える。これらの要因がどのようなメカニズムで構文変化を引き起こすのか、またお互いにどのように絡み合うのかを明らかにするために、考察の目的に応じてそれぞれの考察対象を選定する。それについては、各章でまた詳しく論じる。