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Inquiry into the Meaning of the Historical Development of Japanese Honorific Language through a Review of the History of its Research
Li Changbo(Doshisha University)
Abstract:In this paper I examine the main theories of existing research on honorific language and discuss the strengths and weaknesses of each theory.Specifically,I point out the conceptual framework of Watanabe Minoru’s research on honorific language as being the most effective not only for theoretical research,but also for historical research on honorific systems.Additionally,regarding the history of Japanese honorific language,in this paper I will discuss the following three points.
1.The descriptive framework of the honorific language system and history of honorifics should be conceived according to whether “the principle of upper and lower” or “the principle of inside and outside” has relative priority over the other.In the history of Japanese honorifics there has never been a time of “absolute honorifics,” therefore it is not possible to conceive of the history of honorific language as a development from “absolute honorifics” to “relative honorifics.”
2.If the history of Japanese honorifics is understood according to whether “the principle of upper and lower” or “the principle of inside and outside” has relative priority,the honorifics expressing “respect for the listener” have developed as a manifestation of the “listener-orientedness”of the honorifics system.This tendency is estimated to have come about in late Edo culture,during the Bunsei period(1804-1929).
3.Honorifics’“listener-orientedness”is consistent with,among other phenomena,the frequent historical change of second person pronouns,the historical development of “listener-orientedness” in the history of the system of demonstratives,as well as the historical development of sentence-ending particles.From the viewpoint of interpersonal relations in Japanese language,this “listener-oriented” tendency can be regarded as one of the major trends in the historical development of Japanese language.
Keywords:the principle of upper and lower;the principle of inside and outside;listener-orientedness
[1] 文献的引证标准和范围如下:日语敬语的研究论文可谓汗牛充栋,即使最粗线条地把敬语研究的先行文献整理一下,也远非一两篇文章所能容纳的。本文中仅就日语敬语的分类中对日语敬语史的描述最有效的和最为人知的几个分类作出评介,见仁见智、遗珠之憾在所难免。鉴于日语语法的学术词汇与汉语语法术语间在翻译不具备完全的对应关系,本文对日语语法术语采用直接使用日语词汇的方法,以求理解准确。日语语法术语加「」括号以示区别。
[2] 作者简介:李长波,男,1962年生,1982年大连外国语学院日语系毕业。1999年获京都大学博士学位。研究方向:普通语言学,语言哲学,日语史,中日比较文体史,中日比较语法史,东亚语言思想史。1997—2011年任京都大学助手,讲师。2011—2017年任同志社大学日语暨日本文化教育中心准教授。现任同志社大学日语暨日本文化教育中心教授。
[3] 传统日语史中的近代,一般以室町时代为起点涵盖近世即江户时代与狭义的近代即历史学领域的近代即明治时代衔接。
[4] 此外,岗村和江(1963)和根来司(1963)也是以时枝诚记的「词」「辞」二分法批判三分法的。
[5] 尽管以渡边实为首的学者对时枝诚记的「詞」「辞」两分法提出质疑,但时枝诚记本人自始至终对「詞」「辞」的关系持「非連続的」观点,参见时枝诚记1954。
[6] 玉上琢弥(1955)的敬语分类出自渡边实之手。玉上(1955)「終りに」敬語については国語学者が扱うことが多く、源氏物語の敬語についても、吉沢義則、島津久基、宮田和一郎、時枝誠記、伊奈恒一、松尾捨次郎、中村添、北山太、和田利政氏らによって研究が進められて来たのである。わたくしの研究会のメムバーである伊藤和子も調査研究を続けていられ、本稿も氏に負う所が多い。なおわたくしは国語学に対しては門外漢であるので、本書の目的に副うようにと思い、渡辺実氏に協力を乞うた。記して謝意を表する。(见玉上琢弥(1955:97页)除小松寿雄(1963)以外,根来司(1963)和辻村敏树(1963)也根据玉上琢弥(1955),误以为是玉上琢弥的观点。
[7] 「日本語の敬語の体系を記述するに当って、是非とも準備しておかねばならないのは、話題の世界と対話の場面との峻別である。(中略)」「あなた」と聞き手、「わたし」と話し手は、人間としては同一だが、言語へのかかわり方では、一方は話される話題の世界の人物、他方は向き合って話し聞く対話の場面の人物、として明瞭に区別されねばならないのである。」渡辺実(1981:13页)
[8] 就渡边实与时枝诚记在日语语言研究史上的关系而言,渡边实对时枝诚记的语法体系集中体现在语法体系的构建上。对于时枝诚记敬语研究本身评价不高。尤其是对时枝诚记提出的「関係認識」没有充分注意。但从学术史的角度看,我们可以认为,渡边实的敬语研究是对时枝诚记敬语研究的发展。但是,就体系的完整性、有效性和解释性而言,后者大大优于前者。渡边实的语法体系是由「構文論」和「敬語体系」构成的有机的整体。渡边实的「敬語体系」附于『国語構文論』卷末的意义就在于此。
[9] 辻村敏树(1963)的敬语分类里,所谓「素材敬語」,实质上与除掉「丁寧語」中属于「辞」的部分后的剩余部分相当。(辻村敏树,1963:13)
[10] 原作为英文,有关部分日译文如下:393。敬語の使用は、4つの主な考慮すべき点によって示される。i.敬語は,その人の話し相手の行為や所有のことを話すときに使い,一方卑下または謙遜は,その人自身のことを話すときに使う。言いかえると,私たちは一人称は自己を卑下し,2人称では,敬意を表する。ii.他の人を指すとき(3人称をどう呼ぶか),敬語は,話題となる人間が話し相手より上位にある場合,または同席している場合,また,その人が上位か,少なくとも同等であったり,礼儀上において当然の場合にのみ使われる。iii.敬語の使用には段階があり,話し相手や話題となる人間に払うべき敬意の大小によって決まる。(チャンブレン1999:244頁)
[11] 关于上代日语的敬语体系,笔者将以专文论述,本文从简。
[12] 西宫一民(1991)的敬语史研究就是根据宫地裕(1971)的分类作出的。
[13] 关于“上·下的原则”与“内外的原则”以及各自比重的变量和二者之间的平衡关系在日语敬语史研究上的有效性,尚有待笔者进一步论证。因此,本观点尚处于假说的阶段。
[14] 此处仅以相去不远表达基本框架上的基本相同,事实上,其间距离是远是近,有待于进一步深入细致的研究。
[15] 佐久间鼎(1937)揭示了对人称词的历史演变的意义。其后的主要研究有山崎久之(1963)、小島俊夫(1974)、山崎久之(1990)等可供参考。
[16] 有关室町时代以及江户时代的终助词,江户后期的助动词的演变,笔者将专文论述,此处恕不详论。现阶段可以参考的主要文献有六笠寿子(1957)、山崎久之(1963)、小松寿雄(1971)、小松寿雄(1977)、中野伸彦(1986)、中村香生里(2017)等。其中中村香生里(2017)的研究把「~するつもりだ」、「~(よ)うと+思考動詞」的用法确立的时间也定在了「化政期」,这为我们推断现代日语所谓的不可冒犯的听话人的势力范围的成立时期提供了一个有力的证据。
[17] 有关日语和汉语视点类型的研究,请参阅彭广陆(2008)、彭广陆(2014)和彭广陆(2016)等论文.
[18] 福島直恭(2010)、福島直恭(2011)对「絶対敬語」的批判虽然有混淆学术研究与意识形态之嫌,其结论与笔者偶同。任何语言体系的历时性延续即体系化是没有止境的,不论是就整体而言,还是就局部而言,我们都无法期待历史上的任何时期的语言体系是铁板一块,一成不变的.就敬语体系的体系化而言,其历史进程是有一定的方向性的,这一点毋庸置疑。问题在于我们无法就日语史的某一时期的敬语体系作出单一性的描述。